天上院の店を出て、引き続き聞き込みをしてみたが有力な情報は得られなかった・・・。
待つ人のない、暗い部屋に戻り自分で灯りを点ける。
一人暮らしだった、数ヶ月前まで何気なく繰り返していた、一人暮らしの誰もがする当たり前の行為。
なのに・・・カイザーと二人で過ごしたこの部屋は、灯りを点ける度に悲しみと憎しみを、助長させる。
暗い部屋に戻る事が『ヤツ』への怒りを駆り立てる。
昨日まで『ヤツ』に抱いていた恨みと焦り。
でも、今日は違う・・・。
天上院吹雪。
カイザーが唯一オレに話してくれた闇の住人。
「『ヤツ』の動機・・・?」
頭の中を埋め尽くしている想いが口から零れる。
『ヤツ』と口にしながらオレは、今日初めて会った天上院の顔を思い返していた。
カイザーを殺し、巧妙に自殺を装った犯人・・・偽遺書まで作成していた用意周到な奴・・・。
『殺し屋』という道を選んだ以上、誰かに狙われたのは不思議じゃない。
問題は・・・偽遺書まで作って、巧妙に自殺を装っているのにこの部屋によこした犯行声明。
『ヤツ』の狙い・・・動機・・・は?
カイザーの右腕を奪う原因となった銀行強盗事件。
何者かによって操作されたインカム・・・天上院の店に置いてあったGXと同一機種の無線機。
偶然の一致・・・?
玩具屋という表の仕事で取り寄せが可能だとしても、何故、同一機種の無線機を・・・。
偶然にしては、揃い過ぎる。
昨日まで、点でしかなかった『ヤツ』の情報。
今、それが天上院という人物に対して一本の直線で繋がろうとしている。
「天上院が『ヤツ』だとしたら・・・」
銀行強盗事件からの不可解な出来事が全て結び付く。
・・・・・・『ヤツ』は何らかの理由でカイザーの失脚を企てた。
カイザーが指揮を執る日の事件に合わせて、事前に仕組んでおいたインカムを利用し現場を混乱させる。
現役のGX隊員が狙われれば組織はメンツを賭けて犯人を捜し出す。
GXという後ろ盾を取り上げてから『ヤツ』は犯行を実行に移した。
更に偽造した遺書でカイザーがGX隊員であった事や裏社会との接点を持っていた事を暴露すれば体面を気にして、組織は極秘裏に処理をする。
全ては闇から闇へ。
表と裏を巧みに使い分け、GXの体質・内情を熟知し無線機の操作に長けている『ヤツ』・・・。
・・・・・・。
でも、犯行声明の目的は・・・?
・・・。
・・・・・・。
仮に天上院が『ヤツ』だとしたら、カイザーを自殺に装うだけで終えた方が安全じゃないか?
犯行声明を伝える理由は・・・?
「くそっ!動機だ!『ヤツ』の動機さえ分かれば!!」
焦りから起こる苛立ちを抑え、動機へ繋がる唯一のヒントを振り返る。
・・・カイザーは何者からの電話を受け、その後、外出したまま戻らぬ人となった。
電話の相手が『ヤツ』であるとは限らない。
だが、『ヤツ』と無関係である筈もない。
電話の相手に対してカイザーは『約束が違う』と怒鳴っていた。
カイザーは電話の後、心配するオレを気遣い、無理に平静さを装って、オレにキスをし・・・外出した。
あの電話の内容・・・あの後、カイザーは何処へ・・・。
『メールが届きました』
っぅ・・・!
メールの着信音。
・・・。
・・・・・・。
パソコン音痴のカイザーが使用していた理由は、一つ・・・。
『仕事』の依頼を受ける為。
事件後、初めての着信。
オレはパソコンに急いで向かい、画面を確認した。
件名は!?
っ・・・!!
『LOVE IS OVER(R18)』
仕事の依頼・・・。
開封すると、アルファベットが羅列してある。
R18は、記述されている本文をアルファベット順に後ろに18スライドさせる暗号。
解読するこの手間にため息が漏れる。
ブランクを詰めて羅列されているのでスライドさせてみても分かり辛い。
「ユウセイ・・・フドウ。青山五本木ヒルズ・・・、射殺」
・・・名蜘蛛の時と同じく、ターゲットと狙撃場所だけ。
報酬、理由については依頼者との直接交渉・・・?
・・・プルルル―――
ぅっ・・・!
電話・・・。
解読が終わった頃を見計らったように掛かってくる。
名蜘蛛の時と同じ・・・。
オレは、この時を待っていた。
闇の住人とのコンタクト・・・。
「はい」
『こんばんは。メールは読まれまシたか?』
電話に出ると落ち着いた感じの男の声がした。
この男がカイザーが言っていた『殺しを斡旋する男』・・・?
「あぁ・・・」
想像していた声とは全く違う、静かな声・・・丁寧な口調。
『内容については、ご理解いただけまシたか?』
カイザーも・・・確かこんな会話を交わしてた・・・。
「仕事の依頼・・・だろ?」
『話が早いデスね。いつもこのような流れなのデスか?』
えぇっ・・・?
どういう事だ・・・。
『依頼者の私が言うのも何デスが・・・今度のターゲットも酷い男デシて、詳しくご相談出来まセんか?』
何だって!
依頼者?
依頼者が直接電話してきたのか!?
「アンタ・・・どうやってこの番号を知った!?」
『OH〜!?Meをお忘れデスか?カイザー』
えっ?
カイザーの知り合い・・・?
「オレは・・・、カイザーじゃない」
『えっ・・・?・・・では、YOUは?』
電話口の男の声が曇る。
カイザーだと思って今まで話していたのか?
「オレは・・・、カイザーの後任だ」
適当に受け答えて相手の反応を探ってみる。
何故、依頼者が直接電話してくるんだ。
『・・・後任?カイザーの仕事をYOUが引き継がれたのデスか?』
「・・・ああ」
とりあえず、オレを信用させておいてこの男から色々聞き出さないと・・・。
「アンタこそ、何処でこの番号を知ったんだ?」
『Meはカイザーから直接教えてもらいまシた』
何だって・・・!
カイザーが、直接・・・依頼者に?
『Meはデイビット。デイビット・ラブ』
流暢な日本語から思わぬ名前が出てきた。
デイビット・ラブ・・・外国人・・・か?
思い返してみれば確かに言葉の端々に外国人らしいイントネーションが感じられた。
でも、これは偽名かも知れない・・・。
『YOUがカイザーの後任と言うのなら、依頼を受ける方針やスキルも引き継いでると言うのデスか?』
デイビットと名乗る男の声は、最初に交わした言葉とは明らかにトーンが変わっている。
オレは・・・、疑われている・・・。
「ああ。勿論」
今、この男に電話を切られては掴み掛けた新たな手掛かりを失ってしまう。
いや・・・、新たな手掛かりを掴んだと感じていたのは・・・、この電話を受ける前まで。
斡旋屋である筈の電話の相手。
しかし今、電話を介して対峙している男は直接の依頼者という。
・・・オレの知っている情報とは少しずつ異なりながら・・・何かが動き出している。
拒む事は許されず暗闇に覆いつくされるように・・・少しずつ・・・不気味な違和感を覚える。
『・・・わかりまシた。では、詳しくは会ってお話しまショう』
闇の住人とのコンタクト・・・今のオレに断れる筈はない。
断ってしまえば、この謎は全て闇に埋もれてしまう。
デイビットは面会の日時を一方的に言うと電話を切った。
オレは切られた受話器を眺め、更に深まる謎の答えを模索する・・・。
何故、カイザーは・・・デイビットと名乗る男に直接電話番号を伝えたのだろう・・・?
・・・。
『直接の依頼主に、ここの番号を知られてしまうと厄介だからな』
・・・。
表舞台であるGXは勿論、裏の世界でもカイザーは用心深く、全てを完璧に処理していた・・・。
おかしい・・・。
仕事の依頼はメール。
暗号を解読した頃に見計らったように掛かってくる電話。
そこまでは前回と同じ。
ただ、今回は・・・この先の全てを手探りで進むしかない。
カイザーがオレに話してくれた裏社会の唯一の人物、天上院吹雪・・・。
天上院と初めて出会った日に事件後、初めての依頼。
静かに・・・再び動き始めた闇の世界。
ただの偶然なんだろうか・・・。
そして・・・オレの中で鳴り響く不協和音は単なる思い過ごしなのだろうか・・・。